「昭和初期の小売商問題」(鈴木安昭・流通経済新聞・昭和52年8月22日付)によると、
主要都市の中心的な商店街における小売店の商店会設立は、つぎのようになっている。

東京−−佐竹本通り商店街の竹盛会(関東大震災以前は共睦会)は明治31年(1898年)
      渋谷道玄坂商店街の共栄会は明治45年、人形町の商誠会は明治42年、
      小川町連合会(8商店会連合)は明治40年。

大阪−−心斎橋筋商店街の心勇会は明治37年、心斎橋筋・戎橋筋連合会は明治43年、
      道頓堀商店街の栄商会は明治43年。

京都−−新京極商店街の新京極連合会は明治43年。

横浜−−伊勢崎町商店街の伊勢佐木一丁目会は明治42年、伊勢佐木町会は明治42年頃、
      馬車道商店街の馬車道商栄会は明治40年。

九州−−長崎市の浜市は明治36年。大分市竹町の尚栄会、明治38年と記載されている。
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「商店街経営の研究」田中道雄著 中央経済社によると下記のように記述されている。

第2章 商店街発生の歴史的把握

第3節 明治中期以降の商店街組織化動向

 明治中期になり、日本の都市化、産業化の発展につれて、全国の主要都市では商店街の組織化が進んでいった。
明治27〜28年ごろに形成されたという金沢市片町をはじめとし、31年には竹盛会(佐竹本通商店街)
36年には長崎市の浜市、37年には心勇会(心斎橋筋商店街)、38年には大分市の尚栄会、
40年には東京の小川町連合会、京都の新京極連合会、横浜の馬車道商栄会が設立された。
次いで明治42年には東京の人形町商誠会、横浜の伊勢佐木一丁目・二丁目会が、
43年には心斎橋筋・戎橋筋連合会や栄商会(道頓堀商店街)、44年には三泉市場通商店街、
45年には共栄会(渋谷道玄坂商店街)等が続々と設立されていった。
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※下記の資料は東京都公文書館に保管の資料より転載しました。

 
昭和11年〜昭和12年の売り出しポスター
 
昭和11年〜昭和12年の売り出し風景
 
昭和11年〜昭和12年の売り出し福引所
 
昭和11年〜昭和12年の売り出しポスター